◆◆ 由無し事 ◆◆

心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつくれば・・・・・

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お彼岸のお墓参りへ 

黒門「三寒四温」「一雨ごとに・・・春の訪れ」「暑さ寒さも彼岸まで」。春のお彼岸である。彼岸とは、煩悩を脱した悟りの境地のことで、煩悩や迷いに満ちたこの世をこちら側の岸「此岸」(しがん)と言うのに対して、向う側の岸「彼岸」というのである。

不断の「煩悩」から逃れお墓参りに出かけた。場所は中央区唐人町の天龍山・吉祥寺、曹洞宗のお寺である。両親と弟が此処に眠っている。唐人町界隈は黒田藩に関係する史跡も多く、近くにはドーム球場もありオープン戦が開催されるようで結構な人通りである。

福岡藩の藩校、当時は東西両学問所があり、東学は修猷館と呼ばれ、西学は甘棠館と呼ばれ唐人町にあった。町名では黒門になるが、「黒門水導観音」がある。その他この界隈の史跡などを揚げてみると、「成道寺の八兵衛地蔵尊」、「大圓寺」などがある。

お寺も多数あり、周囲の環境を考えると、我が家の菩提寺の場所としては申し分ない。墓前で合唱すると心が安らぐから不思議である。家内安全と東北大震災の速やかな復興が進みますようにと、先祖にお願いしました。



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[ 2011/03/20 17:45 ] 家族 | TB(0) | CM(0)

旧実家を通って・・・ 

今日は春を思わせる快晴となった。陽気に誘われ、時間の余裕もあったので、通常は路線バスを利用する区間を徒歩で移動してみた。

旧実家には道筋を少し変えさえすれば容易なので立ち寄ってみることにした。梅光園という所である。南側の友泉団地から通学の時使っていた道順で歩いた。

ところが、道筋で家の表札を見ながら、以前とはすっかり変わってしまった事に気づいた。それでも、昔ながらの家が数件あり思い出に浸りながら・・・懐かしい気分であった。

旧実家は建物の一部は昔のままであった。残念だったのは2本の桜の木がなかったことだ。あたりには桜の木が多く見受けられる地区であるが、旧実家が「八重桜」だったのに対し、その他は全て「ソメイヨシノ」であった。

開花時期が異なることで、特異性を発揮していたが・・・。 30年の時の流れが短くないことを実感した。


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[ 2011/02/22 23:41 ] 家族 | TB(0) | CM(0)

年詞 大分訪問! 

高速バスで行く予定で、天神のバスセンターへ。

雪のため大分自動車道が通行止めということで、今回は往復JRを利用することとなった。

特急ソニックは、1時間に2~3本あり、利用する側にとっては非常に便利である。

車両は往復ともソニック(885)で、乗り心地が非常の快適であった。

夕食は義兄の担当で、「鍋料理」であった。今年は、兎年、義父が年男ということ、84歳を迎えることとなる。何にもまして、健康であることが一番だ。

この様子をTwitterで投稿したら、二男から「家の中とは思えない厚着。」とコメントが帰ってきました。

「風邪は年寄りにとっては大敵!」・・・注意するに越したことはないですよね。まぁ皆健康で今年一年過ごせれば、それに勝る幸せはありません!



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[ 2011/01/04 21:36 ] 家族 | TB(0) | CM(0)

今年は・・・ 

今年もあと○日を残すのみとなりました。連日のテレビ番組の決まり文句です。

我が家についても、チョット振り返ってみようと・・・・。

この年齢になると、仕事の件は取り立て申し上げることもないので、家族のことを振り返ります。

4月、次男の第2子が一歳の誕生日を迎えました。「とうふ屋うかい・鷺沼店」でお祝いの食事会を行いました。

福岡西区の飯盛神社で揃えて持参した「わらじ」で恒例の「餅ふみ」も行いました。

8月31日には長女が入籍、11月に先方のご両親、兄君夫妻と品川プリンスでお祝いの会を開きました。長女の入籍で、父親としての責任がやっと終わったような気がしています。




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[ 2010/12/29 22:49 ] 家族 | TB(0) | CM(0)

誕生日がうれしい歳でも・・・ 

昨日は63歳の誕生日であった。

誕生日といっても、特別何かがあるわけではない。普段との違いといえば、息子と娘が気を遣って、携帯にメッセージを送ってくれていた。

感謝!

息子のメールには孫の写真が添付してあった。ひょうきんな一枚は、彼らしさがでていて微笑ましい一枚である。


自分の誕生日は祖母の命日でもある。

今、縁あって墓所の近くで暮らしているが、バプテスト協会の納骨堂であるため、中には入れないのが残念だ。

年に2回、墓前祭があるのだが、日程が合わず出席していない。来春には何とか参加しようと思っている。

誕生日は”うれしさ”より昔のことが思い出されるということは、そんな歳になったのであろう。


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[ 2010/10/24 14:44 ] 家族 | TB(0) | CM(0)

追想 


昨日 25日は亡き母・津根の誕生日であった。生きていれば、84歳であった。快晴の空のかなたに笑顔が見えたような気がした。

最近読み終えた、山本周五郎の「樅の木は残った」にも主人公・原田甲斐の母親である慶月院が描かれている。

忍緒(しのびのお)・・・盟友である原田甲斐の本心を確かめようと、伊東新左衛門は母親・慶月院を尋ねた。【隠居の慶月院(甲斐の母)は六十五歳になる。痩せてはいるが、しっかりした鐘メつきで、眼にも力があるし、口のききかたなども歯切れがよく、いまだに親族のあいだで、女丈夫といわれる意味が、その風貌によくあらわれていた。(略)慶月院の表情が固くなった。「─わたくしになにをお訊きなさる」「船岡どのの御心底です」と新左衛門が云った。慶月院は眉も動かさなかった、「あれになにか御不審でもあるのですか」「そこが知りたいのです」と新左衛門は低い声で云った。(略)「わたくしにはわかりません」と慶月院は静かに云った。「宗輔は年も不惑をすぎて、もう母親の手の届くところにはおりません、わたくしの手はもうあれには届きませんし、わたくしはただあれを信じているだけです」「しかし、御母堂にはなにか、うちあけておられるのではありませんか」慶月院はゆっくりと、首を振った。「そうとおぼしきことも、ありませんでしたか」「ございません、宗輔からそういう話を聞いた覚えはありません。もし仮に、あれがそのようなことをうちあけたとしたら、わたくしは耳を塞いで叱りつけたでしょう」と慶月院は云った、「宗輔は不敏かもしれませんが男です、そのような大事について、たとえ母親にもせようちあけるようなみれん者なら、わたくしはわが子とは申しません」「二心はない、と仰しゃるのですね」」「いいえ、わたくしはあれが、原田甲斐宗輔であることを信じているばかりです」】

母親というものはいつでも息子を信じているものです。息子の行末を案じ、その幸せを念じているのです。慶月院という人の奥深さを知れば知るほど、わが母もそうであったろうと、強く思うのである。

尾崎秀樹(ほっき)は解説で次のように述べている。【山本周五郎の「樅の木は残った」はこの政治の中の御家騒動とでもいった解釈を拡大し、人間の心理内部における相克までをふくみこんだスケールの大きさをもつだけでなく、むしろ伊達六十二万石をとりつぶそうとする幕府の陰謀に身を挺して対決した封建武士の苦衷をえがくことで、いっそう人間的な厚味をくわえているところに、重量感をもつ作品であった。】と。そこに表現される女性が特に細やかに描かれているのが特徴といえるのではないか。

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[ 2010/04/26 23:30 ] 家族 | TB(0) | CM(0)

伯母の五十日祭で 

昨日と今日はこの季節には珍しく穏やかな日和となった。筑肥線・波多江駅で下車し、昔のように泊まで歩いてゆくことにした。伯母の五十日祭に出席するためである。昔は何もないところであったが最近「糸島ハム」でその地名を知る人も増えたとは聞いている。

歩き始めてしばらくすると、眼前の田園風景とともに視界が開けた。左手前方には「筑紫富士」や「糸島富士」とも呼ばれる可也山の美しい姿が見える。目指す泊は正面の小高い森が見えるあたりである。

事前に予定したとおりの時刻に到着である。昔、祖母に連れられて何度も今日のルートで母の実家を訪ねたときの記憶が生きていたということなのであろう。宗旨が「神道」なので今日の五十日祭で忌明け、納骨ということになるのである。

会場に入ると懐かしい顔が並んでいる。みんな年をとってはいるが、以前の面影はそのままである。儀式が終わると、昔の話でもちきりとなった。改めて親戚とはよきものであると思う。生んでくれた母に心の底から感謝したい気持ちで一杯であった。
幽世の大神 憐み給ひ 恵み給へ 幸魂 奇魂 守り給へ 幸へ給へ
(かくりよのおほかみ あはれみたまひ めぐみたまへ
さきみたま くしみたま まもりたまへ さきはへたまへ)

幽世の大神 憐み給ひ 恵み給へ 幸魂 奇魂 守り給へ 幸へ給へ

幽世の大神 憐み給ひ 恵み給へ 幸魂 奇魂 守り給へ 幸へ給へ

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[ 2010/01/17 23:46 ] 家族 | TB(0) | CM(0)

62回目の周回開始! 

今日は62回目の誕生日である。ネットサーフィンをしているといろんなページを訪問することとなる。FUKUSHI Plazaというページは過去の歴史について知りたいとき、最適なページである。

生まれた年1947年はどんな年であったであろう。勿論、生まれた年なので記憶はまったくない。第2次世界大戦で敗れた日本が”戦後”という新しい時代に本格的に踏み出した年のようだ。

その後を10年ごとに覗いてみることにしよう。1957年で注目すべきは九州に関係する大水害であろう。
7月25日から26日にかけて、最高700mmの大雨が九州一帯を襲い、各地で河川の氾濫、崖崩れが続出した。その中心だった長崎県、熊本県で死者・行方不明992人、負傷者3774人にのぼった。中でも長崎県諫早市では本明川が溢れて約1万戸が水没し、多くの人命が奪われた。

1967年ではリカちゃん人形か?
名前は「香山リカ」で名字は女優の香山美子にちなんだ。フランス人のパパと日本人のママの間に生まれたハーフの女の子という設定
1977年の注目は日航機ハイジャック事件であろう。国内から海外に拠点を移した日本赤軍による凶悪事件であった。
9月28日、ボンベイ空港を離陸したパリ発東京行きDC8型機が日本赤軍を名乗る5人に乗っ取られた。犯人らは日本政府に対して日本国内で身柄拘束中の過激派7人、刑事犯人の釈放と身代金600万ドルを要求、政府は超法規的措置で6人を釈放した。犯人5人と釈放犯6人はアルジェリアに投降、人質は解放された。

直近の2007年は消えた年金問題である。
社会保険庁のずさんな記録管理で持ち主の分からない「宙に浮いた年金記録」が約5000万件にのぼることが2月に判明。社会保険庁に記録のない「消えた年金」の存在も発覚し、大問題となった。政府は「宙に浮いた年金記録」の名寄せ作業を2008年3月までに完了すると約束したが、撤回した。
高度成長の時代は終焉し、少子高齢化がもたらす現象が様々な今日方面で顕著となっている。すでに老人側となってしまった身ではあるが、まだまだ引っ込んでいるわけにはいかないようである。今また新たな仕事に闘志を燃やしている!
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[ 2009/10/23 22:33 ] 家族 | TB(0) | CM(0)

宮参り 

今日は、雲ひとつない秋晴れである。
8月30日に誕生した、孫、航太君の宮参りに「太宰府天満宮」へ出掛けた。

折から「シルバーウイーク」真っ只中、境内は人、人、人でごった返していた。祈祷受付を済ませ、待つこと約20分。本殿での儀式となった。

参加者は、友彦夫妻と蒼太君。奥さんのご両親。奥さんのお姉さんご家族(5名)。総勢13名とちょっとした団体となった。

これで航太君のお披露目も終了。23日には横浜の住民となる。

食事のため、「梅の花」へ移動。

ここも予約をしていたとはいうものの大盛況である。時間は2時間。料理は湯葉がメインの懐石料理。

たまには、こんな料理もオツなものである。

建物は、古い民家をそのまま使っているようで、広くはないが「庭」はなかなか趣あり落ち着いて食事ができるよう工夫されている。

入り口の門をくぐると、石畳。両側の土地には苔が生えており、古い日本を思い出させる。

座敷からの庭の眺めも決して広くはないが落ち着きを誘ってくれる。

天満宮境内の雑踏、騒音がうそのように静かで、落ち着いた雰囲気の中でゆっくり食事ができた。

次に訪れるのは「七・五・三」の時になるのだろうか? Twitter「つぶやく」ボタン
[ 2009/09/20 23:42 ] 家族 | TB(0) | CM(0)

懐かしい面影! 

懐かしい面影もう四月である。年のとり方?で時間の長さが違うとはよく言われることである。子供の頃、楽しみはやって来るのに時間がかかり、嫌なことは直ぐやってきた。最近は何でも早い・・・。

俳優・大木実さんの訃報を目にした。子供の頃、紡績工場の社宅に住んでいたのであるが、近所の人たちから父が「大木実にそっくりですネ」と言われるのをよく聞いた。新聞の写真を改めて見てみるとなるほど納得である。

父が生きていれば今年89歳である。59歳で死去したので、あれから30年経つということである。まるで昨日のことのように思われるのも、自分がその歳を超え時間の流れを早く感じる年齢のなったと言うことである。

あらためて、今日一日父の思い出にふけるのも天が与えてくれた時間だと喜ばなくてはならない事であろう!
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[ 2009/04/01 14:38 ] 家族 | TB(0) | CM(0)
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