◆◆ 由無し事 ◆◆

心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつくれば・・・・・

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40年ぶりの再会だった! 

本田君は東京から、宮崎君はロスからの帰郷ということで、脇山君の呼びかけで西中洲の「上海餐室」に西南大学野球部の有志8名が集合した。2008年9月22日午後6時30分のことである。

この店のオーナーは福岡工業、福岡大野球部出身で同級生の竹島信之氏である。以前も九州六大学の50周年の打合せで利用させてもらったことがあった。

遠来の両名の指名で一年先輩の柴田さんが参加していただいた。また、一年後輩の高藤君も参加。高藤君は一番下の為か気を使って「バーテンダー」に終始。

両名の同級は、古川、船津、小生そして言いだしっぺの脇山の有志4名だった。話は、苦しかった島原キャンプで持ちきりとなった。勉強面では単位をとるのに苦労した話・・・。苦労した人も居た!

両君とは40年振りとは思えない雰囲気だ。同じグランドで汗を流したことはムダではなかったのである。そのほか話題に上った球友は阿久根先輩、矢次先輩、佐藤先輩、溝田先輩、青柳、野田、矢野、福永、千原。後輩では、田中、野口、広田。誰か忘れていたかも知れないけど、それはビール、焼酎に免じて許してもらうことにしよう。

命あるうちに又会おうなんて、淋しい話でお開きとなった。脇チャン有難うネ!
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[ 2008/09/23 21:03 ] 福岡 | TB(0) | CM(11)

秋らしくなってきて・・・ 

台風は全く影響が無かった。今日は蒸し暑さは残るものの、秋らしさが感じられる季節となった。そんな訳で、銀行員時代の担当地域であった天神から舞鶴にかけてウォーキングと洒落込んでみた。

天神で地下鉄を下車。昭和通りの出口から地上へ。まずは散髪でスッキリと。昭和通りの一本北側の道(名前、分からない)を舞鶴方面を目指して歩き始めた。

最初に足を止めたのは、「モツ鍋てん」があったビルの前である。今は、DVD、ビデオを販売する店に変わっていた。隣のパチンコとサウナもビジネスホテルとなっていた。谷地君が「よってください!」と出てきそうな・・・そんな気がして・・・

親不孝通り(知ってるままの字で)を横切って進むと、お世話になった「とり祥」(リンクをどなたかのブログに)さんの店舗が目に飛び込んできた。開店前ではあったが、のぞいてみると店の中は昔と同じで懐かしさが脳裏をかすめた。

さらに西へ、「大長寺」さん。懐かしさがピークに!納骨堂の建築のとき担当させていただき、当時の檀家総代船木久一ボンフカヤ社長(当時)に大変お世話になったことが思い出されれて・・・

以前の読売新聞の記事も思い出され、ネットで必死に探してみた。やっと見つけ出したのが下に記事である。

プロ棋士たちの少年期には、共通点がある。いずれも、碁を習い始めてから短期間のうちに急激に強くなっている。加藤正夫もそうだった。1956年(昭和31年)、小学校4年の時に碁を覚えてから2年の間に目覚ましい勢いで棋力が伸びた。

棋力のアップは、その才能によるところが大きいのは言うまでもないが、この時期、加藤少年を囲碁の世界にぐいぐい引っ張り込んでいた場所がある。

福岡市中央区舞鶴1丁目の大長寺である。

同寺は17世紀の初めに創建された福岡藩主黒田家ゆかりの寺で、本堂は230年余前の江戸中期の建築とされている。太平洋戦争中の1945年(昭和20年)6月、アメリカ軍の空襲で、博多の旧市街地の多くは焼け野原となったが、舞鶴地区は、大長寺とその周りの家だけが難を逃れた。

その本堂も、今年3月下旬の福岡県西方沖地震で、屋根がゆがんで波打ち、門や塀もボロボロに崩れるなど大きな被害を被ったが、戦後の一時期、同寺には日本棋院の支部が置かれていた。

当時、住職を務めていた河東俊正が無類の囲碁好きで、本堂の隣の16畳の離れには、碁盤が並び、毎日、人が集まっていた。プロ棋士を招いた指導碁会もたびたび開かれ、加藤の師となる木谷實をはじめ、関西棋院の総帥、橋本宇太郎らも訪れている。

加藤少年は日曜日になると、必ずこの寺を訪れた。市内の強豪が集まって、賞金付きの碁会が開かれていたからである。

読売新聞:九州発

たいした距離を歩いたわけではない。東京であれば、半日歩けば1万7,8千歩歩くのに、福岡では思い出深い場所が多く、足ではなく頭(脳)の散歩が主となることはやむをえないと言うことだ。 Twitter「つぶやく」ボタン
[ 2008/09/20 16:57 ] 福岡 | TB(0) | CM(0)

枯れ木も山の賑わい! 

福田前総裁の職場放棄を受けて、自民党の総裁選挙が始まった。「日本の持てる潜在力で物質的にも心の面でも良くしていく仕事をさせていただきたい」(石原伸晃)、「女性の力を使わないのはもったいない」(小池百合子)、「日本は閉塞状況にある。特に地方の格差の問題がある。1つ1つの声を大切にし、先頭に立って頑張る決意を新たにした」(麻生太郎)、「自民党をたたき直し、日本を立て直し、国民とともに新しい未来をつくるために、全身全霊で選挙戦を戦う」(石破茂)、「きょうからはパンチの効いた本音の話をする」(与謝野馨)、立候補者の決意表明である。


昨年もこんなことがあって福田さんが選ばれたのだが。この一年何が変わったのであろうか?今回の立候補者達はこの間も自民党をリードしてきた連中である(表裏は別にして)。既に小泉で賞味期限の切れた政党に魅力はない。国民に誤ることもなく、失政を総括することもなく、意味の無くなった派閥間の首相のたらい回しはもう御免である。自民党公認であることが落選の主要因にならなければおかしいのである。

今回の事態をまねいた原因が公明党にもあると言うのも当然だ。以前から創価学会内部からの突き上げは相当厳しいようだ。学会員の意見を無視して一つの閣僚ポストに固執し自民党の言いなり、滑稽な話であったのだ。仕事を犠牲にしてまで票集めに奔走する学会員をもっと大切にしておけばこんな事態にはならなかったであろう。公明党も空中分解である。民主党がいいとは言わないが一度民主党に政権を委ねてみても悪くは無いであろう。 Twitter「つぶやく」ボタン
[ 2008/09/10 16:22 ] 政治 | TB(0) | CM(0)

よみがえる西鉄ライオンズ展 

いま、福岡三越で「西鉄創立100周年記念イベント よみがえる西鉄ライオンズ」展が開催されている。懐かしさも手伝って日曜日に足を運んでみた。

三原脩氏は巨人を追われ関門海峡を渡って西鉄ライオンズの監督になって強力なチームを作り上げた。写真展には大下弘、豊田泰光、中西太、稲尾和久ら懐かしい顔が並んでいる。

この時、戦後プロ野球は絶頂の時代を迎えた。その中には勿論先輩である河野昭修氏もいた。高校時代恩師行徳監督から聞かされた話は今も脳裏にある。巨人との日本シリーズで藤田元司投手から打ったライト前ヒットのことである。カウントは2-0、三球目のアウトハイのボールをライト前へ。



読み勝ちである。まさに三原信奉者であった行徳監督が我々に教え、伝えたかったのは「知的なベースボール」であったに違いない。数々の写真を見ていると当時の福岡、博多の街が思い出される。それにしても、時の流れの無常さをまたしても感じることとなった。 Twitter「つぶやく」ボタン
[ 2008/09/09 13:01 ] 福岡 | TB(0) | CM(0)

久しぶりのウォーキング 

今日は朝からハッキリしない天気である。季節の変わり目は天候が不順になる。まさしく秋が一歩々々近づいているようである。仕事も一区切りつき、新聞の運勢欄を見ると「近所の神社仏閣にお参りすべし」であったためでもないが、運動不足解消もかねて「西公園」を歩いてみることにした。

小雨も振り出したので、伊崎の中央市民プール横から展望台を目指すことにして出発。登り始めると運よく?小雨も上がり、蒸し暑さには閉口するもののまあまあのコンディションとなった。木々からは「つくつくぼうし」の鳴き声が降るように聞こえていた。

久しぶりのウォーキングで展望台に着くころには汗びっしょりという状態となった。展望台から望む博多港方面は記憶とはずいぶん違っていた。高速道路、ビル群、木造家屋をほとんど見ることはできない。一服して光雲神社(てるもじんじゃ)を目指す。

母親の姉婿が宮司のとき、亡くなった弟が結婚式を挙げた場所だ。今年は弟の七回忌の法要を行ったが、改めて時節の流れを感じる。まさに「歳月人を待たず」である。鳥居の脇には今も「母里太兵衛(もりたへい)」の像が建っていました。黒田藩きっての槍の使い手として、「黒田節」のモデルとして福岡県人なら誰もが知る人物である。

大濠公園方向に坂を下る。この坂には「苦しい」思い出しかない。高校、大学の野球部時代冬のトレーニングはいつもこの坂でのダッシュだった。今見ると、大した距離ではないが、当時は距離といい、角度といい・・・キツかった。その時のトレーニングのおかげで今もこうして歩ける、と思えば感謝の気持ちしかない。結局天神まで歩くこととなり、万歩計は1万2千歩を指していた。久しぶりに充実した時間が過ごせた。
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[ 2008/09/06 22:27 ] 福岡 | TB(0) | CM(0)

無責任! 退陣表明 

政権を担当する自民党。二代続けて総裁の職場放棄である。なんと情けない話しか!安部、福田この二人が次の総選挙で当選したとすれば、日本の政治は三流との謗りを免れることはあるまい。

いづれも二世議員、自分で勝ち取った地位ではないだけに、事の重要性はわかっていない。それでも、他人事の爺さんが居なくなるのだから少しはストレスは解消されるだろう。

二人の"太田"の重圧から開放されたい一心であったのか!父が成し遂げえなかったサミットの議長役を果たし目標は達成された燃え尽き症候群なのか!

それにしても、日本国民の程度の低さがこんな首相を作り出したといえる。そして、次期総裁候補として小泉があがるとは本当に理解できない話である。現時点で総裁選に出馬が囁かれている連中に民主党の小沢を加えた中から首相を選ばなければならない国民は不幸だ! Twitter「つぶやく」ボタン
[ 2008/09/05 18:10 ] 政治 | TB(0) | CM(0)
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Author:windofsyuyu
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四住期の教えでは、林住期は仕事を離れ哲学にふける時期だそうです。世の中は変革期、豊かな社会が訪れますように!

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