◆◆ 由無し事 ◆◆

心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつくれば・・・・・

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ぬか床 「千束」 

毎日、行き来する日赤通りにチョット気になる店がある。

那の川交差点から高砂方向へ30㍍ほど。「ぬか床 千束」である。

糠漬け」というか「床漬け」は、祖母や母が作ってくれていたような味になかなか出会うことがない。

一度味をためさせてもらおうと思っているが、つい素通りしてしまう。

今日も通り過ぎて・・・・シマッタ!である。
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[ 2010/11/30 16:16 ] 生活・文化 | TB(0) | CM(0)

博多ラーメン 「しばらく」 

しばらく(大手門)商用で福岡中央鮮魚卸市場のある長浜に出かけた。長浜といえば、「長浜ラーメン」である。

ちょうど昼食時、ラーメンにしようかと思ったが次の約束場所に移動するため平和台のバス停に向かって歩いた。

昭和通りの交差点で信号待ち。ふと右側を見るとそこに「しばらく」の黄色いテントが目に入った。高校、大学をすごした西新町にあったラーメン屋さんと同じ屋号の店だ。

懐かしさに、昼食はここでラーメンにしよう・・・優柔不断だ。そういえば、数年前東京で「しばらく日本橋店」に同窓会の流れで大勢で立ち寄ったことがあったことを思い出した。ここにも「しばらく」が・・・。

ここ「しばらく平和台店」は開店以来50余年になるそうだ。また、新たに分ったことだが各店は独立した経営なのだそうだ。ボーイッシュな女将さんは見るからに気風のよさそうな人だ。

味はもちろん美味しかった。近所に住まいのある、西南学院大野球部の藤村大先輩の話題になり、一段と近親感を覚える店となった。このあたりに来るときは昼食は必ずここで摂ることにしたい。 Twitter「つぶやく」ボタン
[ 2010/11/29 23:31 ] 福岡 | TB(0) | CM(0)

春日部・南多川-なんだがわ 

埼玉県春日部の「なんだがわ」・・・高校時代野球部で同級だった岡崎君の関係でお世話になりました。

住宅街の中にある家庭的雰囲気の「居酒屋」さんです。現在のウリの料理は、長野県産の「馬刺し」です。

九州の人間は、「馬刺し」といえば熊本となりますが、関東では「馬刺し」は長野なのです。

そのほか、「おでん」「牛すじ煮込み」「小松菜とホタテにバター炒め」・・・いただいた物は全て○でした。「手づくり家庭料理」なのです。

ママさんも気さくで家庭的雰囲気のする美人。評判になりそうな気配です。

お近くの片は一度のぞいてみて下さい。このブログを見たといっていただけると、サービスがより・・・・・

よろしくお願いしまーす。







一緒になった若いお客さんが一生懸命歌ってました。

友情 中島みゆき 歌詞情報 - goo 音楽

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[ 2010/11/26 23:06 ] その他の地方 | TB(0) | CM(0)

HIRO KIO(ヒロ キオ) 

ここ3ヶ月、色々と相談を受けてきたスナックが再開店の運びとなった。

福岡市博多区中洲2丁目5番15号 第1ラインビル5F
TEL:092-291-5262
MEMBERS STUDIO SALOON HIRO KIO

愛川欽也ではないが、宣伝部長として見せてもらうこととした。

店内は若干暗めであるが、落ち着いた大人の雰囲気を演出するには十分である。

カラオケがんがんといった今はやりのスナックとはかなり趣が違っている。

DVD、CDの数も半端ではない。それだけで十分堪能できるだけのものが揃っている。マニアには答えられないかもしれない!

壁にかかっているウクレレも興味をそそる。 ここが本当の「大人の社交場」と見た



と言っておいて、らしくない歌でも・・・


酒とふたりづれ 新沼謙治 歌詞情報 - goo 音楽




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[ 2010/11/22 21:25 ] 福岡 | TB(0) | CM(0)

お薬師さま 

叔母の1年祭に出るため、亡母の実家を訪れた。神式での式進行である。本屋の神棚の前で、1年祭。

それから、近所の墓所に出向き墓前式。小春日和の穏やかな天気で大勢での移動もスムースに行われた。

墓所に向かう前、ふと亡母がよく言っていたことを思い出した。「お薬師さま」のことである。

当時、大切に管理していなかったため、手や足が傷んでおり、そのため身内の人間にそれらの箇所に症状が出た。「お薬師さま」のお怒りではないかと。

1年半ほど前、血栓が眼球裏の血管に詰まり、右眼に視野障害が起き現在も症状は改善されていない。

現在は手厚く祭られている「お薬師さま」に、視野が回復するよう心よりお願いをした。

久しぶりに母方の親族と会うことができ、清々しい気持ちになり帰ってきた。

五十日祭


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[ 2010/11/21 21:39 ] 生活・文化 | TB(0) | CM(0)

同窓会 

村下孝蔵を知ったのは、銀行員時代、部下の女性が機会あるごとに「初恋」「踊り子」などを歌っていたからである。その彼が46歳の若さでこの世を去ってから、11年の歳月が流れた。

現在、彼の曲を33曲、Ipodに入れて持ち歩いている。そして暖かい歌声で癒されたい時、聴くことにしている。

高校、大学時代の野球部の連中とは時々会う機会があるが、中学の同窓生は会う機会は殆どない。63歳になるので一度同窓会をしようでは、と誰からともなく話がおこった。

平成8年9月に一度有志が集まったことがある。男6名、女5名の計11人の"おじさん"、"おばさん"たちだった。そのときは、全員で五十数名のクラス、20名のエントリーで実際の参加者は11名の「勝っ手同窓会」となった。今回、果たして何名の"おじいさん"、"おばあさん"が参加できるであろうか? 「勝っ手同窓会」以下の参加者では悲しいネ。最も「安否確認」の意味合いが大きいのだが・・・・。


同窓会 村下孝蔵 歌詞情報 - goo 音楽





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[ 2010/11/20 17:39 ] 村下孝蔵 | TB(0) | CM(0)

浄土寺と赤坂不動尊のお地蔵様 

商用で赤坂へ出向いた。TBSの下、千代田線・赤坂駅前の事務所が打ち合わせ場所であった。打ち合わせは約2時間ほどで終わったので、銀座線・赤坂見附駅まで一ツ木通りを歩くこととした。赤坂サカスができ以前とは様相が一変していた。初めてである。日本テレビの汐留には何度かいったことがあるが、やはり放送局、つくりは大差ないようである。

一ツ木通りにはいり、左側にあるお地蔵さんが目にとまった。身代地蔵と子育地蔵、平河山 浄土寺とある。中に鎮座する地蔵尊像は、歴史的にも、まさに江戸六地蔵の兄弟とも言うべきものらしい。入り口の2体のお地蔵様の表情があまりにも微笑ましく・・・満足で、奥まで足を運ばなかった。

赤坂見附駅に右折する所には赤坂不動尊がある。あることは以前から知っていたが、足を運んだことはなかった。行ってみるかと思い、上り口へ。門の脇右側に、お地蔵様が。江戸時代、紀州大納言の祈願寺となり、広く人々に信仰され、栄え、その威徳から、人々は智剣山威徳寺(いとくじ)と呼ぶようになったのだそうだ。江戸の火災や大震災等、いくたびの災禍を免れた霊験あらたかなお不動さまらしい。ここも、上り口のお地蔵様で満足、本尊 不動明王さまにはお目通りせずである。

入り口の幸楽園で軽い昼食。お決まりのコースで締めである。しかし、東京は何処を歩いても必ず史跡に行き当たる。江戸時代の史跡であるから身近に感じられる。歴史教育は何のつながりもない古代から教えるのではなく、現代から遡るべきだと改めて感じた。


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[ 2010/11/12 20:45 ] 生活・文化 | TB(0) | CM(0)

鈴木一平 水鏡 

水鏡 鈴木一平 歌詞情報 - goo 音楽

中国とは尖閣諸島の問題でギスギスした関係が続いている。というよりも、問題のビデオを誰がYoutubeに投稿したのか?ということが中心である。「尖閣諸島は日本の領土」という主張はどこ吹く風だ。

一方、ロシア、のメドベージェフ大統領が、約3時間半滞在した国後島で、島をロシア領として発展させていくことを住民らに確約したという。ロシアは国内問題だとして、日本の抗議を門前払いにしている。

ポツダム宣言を受け入れた後に、ソ連が一方的に武力侵攻してきたことは衆知の事実である。尖閣諸島問題、北方4島問題、それに韓国とのあいだにある竹島問題、全て軍事力を放棄したツケである。日本にはそもそも外交力などないのである。まして軍事力もないし、何をかいわんやである。

菜の花の沖(司馬遼太郎・著)を読み始めて3ヶ月になるが遅々として進まない。今まさに北方領土問題を知るには最適な(4)を読んでいる。北海道、北方領土が近世、どんな道を辿ってきたのか?じっくり勉強してみようと思っている。その合間に聞く曲としては、北海道出身の鈴木一平の曲が最もふさわしい。

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[ 2010/11/10 22:27 ] 鈴木一平 | TB(0) | CM(0)

海上保安庁 ビデオ流出 

やはりビデオは流出した。中国、ロシア、北朝鮮に対する「外交交渉」への不満の表れである。

日本は第二次大戦後、戦争は悪であるという風潮が蔓延し、国益を考えての対外交渉が行われず、政権交代でその不満が爆発寸前である。

勿論、現在顕在化している風潮は、戦後60余年自民党政権が行ってきた政策に起因していることは言うまでもない。

60年体制の縮図で、共産党や社会党といういわゆる左翼に対して、ご機嫌取り?をしていれば政権の座に居座ることができた時代は終わった。

「平和は力(power)の均衡によって保たれる」 EH・カーの「危機の20年」は国際関係論においてパワーの重要性を強調する現実主義の立場を説いた本として知られるが、日本はその認識を国内では理解できても、国際社会においてはまったく理解していない。

日本国憲法は単なる日本の国内法であることを、世界の常識を知らない日本はもっと再認識すべきである。このことが、戦争を現出してしまうメカニズムの源であることを・・・



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[ 2010/11/05 08:10 ] 政治 | TB(0) | CM(0)
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