◆◆ 由無し事 ◆◆

心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつくれば・・・・・

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友人にもつなら、こういう男を持ちたい 


今考えてみると、なぜあの時「播磨灘物語」を手にとったのか? 不思議な気がする。確かに、いろいろと結論を迫られたことがあった。そんな事態を見るに見かねた神から与えられたのだと考えることが妥当である。

いまよりはなるにまかせて行末の春をかぞへよ人の心に

連歌師の昌啄が官兵衛(如水)の通夜の席で読んだ歌だと司馬遼太郎は「播磨灘物語」の最後を結んでいる。官兵衛という人間には、欲というものはほとんどなく、ただ自分の嗜好する芸をこの世でやってみたかっただけな存在であったという。

作中では竹中半兵衛が同じタイプの人間として出会うことになった、人の縁の奇怪さも語られていた。この出会いがなかったら、黒田五十二万石はなかったのであるから。


自分を水の如しと称した黒田官兵衛は、人生、人のかかわり、この世のことは全て水に描いた絵のようなものだと思っていたのではないかと思われる。司馬はあとがきの中で言う『官兵衛はなるほど生涯、時代の点景にすぎなかったが、しかしその意味でえもいえぬおかしみを感じさせる点、街角で別れたあとも余韻ののこる感じの存在である。友人にもつなら、こういう男を持ちたい』と。
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[ 2010/01/24 23:38 ] 読書 | TB(0) | CM(0)
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Author:windofsyuyu
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四住期の教えでは、林住期は仕事を離れ哲学にふける時期だそうです。世の中は変革期、豊かな社会が訪れますように!

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