◆◆ 由無し事 ◆◆

心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつくれば・・・・・

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二冊の本 

夏の高校野球甲子園大会の代表校も大阪を残すのみである。7月も今日で終わり、明日からは8月である。大阪大会は本日が準決勝戦、4強は金光大阪、大体大浪商、履正社、近大付である。


毎年この時期になると、出来る出来ないは別として、盆期間中の過ごし方をシュミレーションしてみる。高校野球のテレビ観戦と読書となるのが事前の成り行きである。

昨日、天神地下街の書店に立ち寄ってみた。たまたま、2冊の本が並んであった。「甲子園が割れた日(松井秀喜5連続敬遠の真実)」中村計著と「そうか、もう君はいないのか」城山三郎著がそれである。

1992年夏の大会、高知県代表の明徳義塾高校と石川県代表星稜高校の試合で、星稜の4番打者、松井秀喜(巨人→NYヤンキース→現エンジェルス)が全5打席連続で敬遠された事は今も脳裏に焼きついている人が多いであろう。その時の真実を知りたいと思っている人が多いことも確かである。

私もこの試合をテレビで観戦したが、ひどくいやな気分になったこと覚えている。ひょっとすると日本人であれば一般に持っているであろう、「高校野球」というものに抱く幻想がそうさせたのではなかったか? むしろ、明徳義塾の馬淵監督が指示した作戦、すなわち5連続敬遠が勝負に執念を燃やすなら当然ではなかったのか? この本で自分なりの結論を求めたいと思う。

私は最近、五木寛之氏の林住期を読んで考え方が変わりつつあると感じている。古代インドでは人生を4つの時期に区切るという。「学生期」(がくしょうき)、「家住期」(かじゅうき)、「林住期」(りんじゅうき)、「遊行期」(ゆぎょうき)である。林住期に生きる人間は、まず独りになることが必要だという。人生に必要なものは、じつは驚くほど少なく、1人の友と、1冊の本と、1つの思い出があれば、それでいい・・・と言った人もいるという。


夫婦の関係も、恋人でも、夫でもない、一個の人間として相手と向き合うことも考えなければならない。ばらばらに暮らしても、二人の結びつきをさらに深めていくことも可能だという。

「そうか、もう君はいないのか」は長い間連れ添った奥さんに先に逝かれた城山氏の心が語られている。夫人を失くした寂寥感、喪失感、孤独感とともに夫人に対する万感の思いが伝わってくる。

この年になると、伴侶を失うという恐怖が寄り現実的なものとなってくる。「会うは別れの始め」、別れのときは必ずやって来るのである。厚い本ではないので、同年代の人には何度も何度も読み返して頂きたい。

本来の自己を生かそう。自分をみつめよう。心が求める生き方をしよう。そう考えると、心は晴れやかである。
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[ 2010/07/31 10:00 ] 読書 | TB(0) | CM(0)
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Author:windofsyuyu
ご訪問ありがとうございます!
四住期の教えでは、林住期は仕事を離れ哲学にふける時期だそうです。世の中は変革期、豊かな社会が訪れますように!

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