◆◆ 由無し事 ◆◆

心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつくれば・・・・・

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Twitter「つぶやく」ボタン
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-)

お彼岸のお墓参りへ 

黒門「三寒四温」「一雨ごとに・・・春の訪れ」「暑さ寒さも彼岸まで」。春のお彼岸である。彼岸とは、煩悩を脱した悟りの境地のことで、煩悩や迷いに満ちたこの世をこちら側の岸「此岸」(しがん)と言うのに対して、向う側の岸「彼岸」というのである。

不断の「煩悩」から逃れお墓参りに出かけた。場所は中央区唐人町の天龍山・吉祥寺、曹洞宗のお寺である。両親と弟が此処に眠っている。唐人町界隈は黒田藩に関係する史跡も多く、近くにはドーム球場もありオープン戦が開催されるようで結構な人通りである。

福岡藩の藩校、当時は東西両学問所があり、東学は修猷館と呼ばれ、西学は甘棠館と呼ばれ唐人町にあった。町名では黒門になるが、「黒門水導観音」がある。その他この界隈の史跡などを揚げてみると、「成道寺の八兵衛地蔵尊」、「大圓寺」などがある。

お寺も多数あり、周囲の環境を考えると、我が家の菩提寺の場所としては申し分ない。墓前で合唱すると心が安らぐから不思議である。家内安全と東北大震災の速やかな復興が進みますようにと、先祖にお願いしました。



Twitter「つぶやく」ボタン
[ 2011/03/20 17:45 ] 家族 | TB(0) | CM(0)

長嶋茂雄氏 東北を激励 

長嶋茂雄氏のメッセージ

長嶋茂雄被災された皆さん、頑張ってください。いま言えることはそれだけです。そして自分に言い聞かせているのは「信頼すること」の大切さです。
被災された皆さんが、避難された時の助け合い、自己犠牲、忍耐、秩序だった行動など、テレビで報じられたそんな姿を見て、人が互いに信じ合うことの強さに打たれました。
被災地から離れたところにいる私にできることは何か、節電や不急、不要の電話や車を使った外出を避けるぐらいしかできないのをいら立たしく思いますが、日本人のすべてが皆さんを見守って、できることをやるぞ、と決めていることを信じてほしいと思います。
東北地方には、選手時代に公式戦の遠征で何度か行きました。いつでしたか、不調の時の遠征で、仙台のすし屋でバッティング談議を始めたところ、主人が子供用のバットを出してきたので素振りをしたことがあります。その翌日の盛岡の試合で私は本塁打したのですが、そのすし屋の主人はその子供用のバットを大切にしていて、なんと野球体育博物館に寄贈してくれたそうです。
">色紙東北というといつも思い出す話です。野球とファンの結びつきをうれしく思うと同時に、私たち野球人ができることは野球を通じての復興へのお手伝いなのだ、とあらためて心に銘じています。
選手がいつでも試合ができる状態で備えておくのはもちろんですが、被災された方々と常に心を一つにして非常時に立ち向かう気構えを持たねば、と覚悟しています。
東北地方の皆さんの忍耐強さとくじけぬ心を信頼します。私もできることに力を尽くす、とお約束します。
皆さん、頑張ってください。頑張りを信じています。
北海道新聞=「長嶋氏が被災者に手書きで激励 「がんばれ東北」」

「がんばれ東北」の色紙は長嶋氏が自らリハビリ中の左手で書いたもの。現役時代「天才」と評されたが、不断の鍛錬、努力は知る人ぞ知るところであった。長嶋茂雄氏からの激励はきっと震災に遭遇した人々に勇気と希望を与えるの違いない。


Twitter「つぶやく」ボタン
[ 2011/03/19 08:34 ] 野球(プロ野球・MLB) | TB(0) | CM(0)

博多町家寄進高灯篭 

博多町家寄進高灯篭天神から商工会議所まで歩くことにした。那珂川沿いにキャナルシティを抜けるコースである。気温はぐんぐん上がり、日向では汗ばむようだ。

キャナルシティの西側、清流公園の角に那珂川の流れが2つに分かれるところに高灯篭がある。「博多町家寄進高灯籠」である。

案内板によると「明治32年、博多誓文晴(払)の創始者として知られる漬物屋「金山堂」の八尋利兵衛(やひろりへい)が、中州から住吉にかけての那珂川堤を整備し、遊園地「向島」を開園した際の開園記念に建設された」そうだ。

灯籠には、建設に協力した福博の商家や魚市場の名前などが刻まれ、岩田屋の文字もあった。今、商工会議所に向かっているが、刻まれた名前はまさに当時の会員名簿といったところであろう。

キャナルシティの巨大広告板と石積みに刻まれた屋号、時代の隔たりを感じずにはいられない。3月11日午後2時46分ごろ発生した東日本大震災、その地方のこのような文化財が破壊されたかと思うと心が痛む。
Twitter「つぶやく」ボタン
[ 2011/03/18 22:22 ] 福岡 | TB(0) | CM(0)

東北・関東大地震 M8.8、東北で震度7、国内史上最大 

東北・関東大地震昨日の午後3時半頃、携帯電話のつながりが悪く電波状況かな?と思ったが特別気にはならなかった。それから3~40分して、友人の木村氏から「東北が大変なことになっている。(三陸沖で地震が起こっていたので地震だと・・・)インドネシアの時よりもひどいみたい。(津波だ・・・)」と情報を得た。

IPHONEでYAHOOの画面で東京も火災が、との情報を得て、狭域での問題ではないなと思い息子と娘が心配になり電話をするが全く通じない。仕事を片付けて帰宅することとし、その途中博多駅前を経由したが、九州新幹線開業イベントでお祭り騒ぎだった。家に着いてテレビを見て唖然とすることとなった。


仙台空港地震発生時の報道機関の映像、仙台空港に押し寄せる津波、石油コンビナートの火災。想像を絶する光景である。地震の場合時間がたち、情報が集まってくるとその被害は拡大するのが常である。各テレビ局は特別報道番組で夜通し、そして現在も「東北・関東大地震」を切れ目なく放送している。

世界第二の経済が中国にとって代わられた直後の大震災。日本の将来に不安を抱かざるをえない。こんな時こそ、日本の叡智、勇気を結集して難局を乗り越えなければならない。そのリーダーシップを時代の役割として菅首相は担わなければならない。”神が与えてくれた国を再生するためのチャンス”だと思いたい。

津波打ち上げられた漁船

被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。





Twitter「つぶやく」ボタン
[ 2011/03/12 08:47 ] その他の地方 | TB(0) | CM(0)

悲しみよ闇に散れ:前川清 

悲しみよ闇に散れ

作詞:松本礼二. 作曲:浜圭介

ドアを閉めるのは 少し待ってくれ
せめて靴音が 夜にとけるまで
鉄の階 段を踏みしめるたびに
想い出が 胸を 胸をしめつける
ああ 悲しみよ闇に散れ
ああ つかのまのまぼろしか
愛するお前のあやまちが憎い
罪をゆるせない心が悲しい

どんな風にして愛されたのかい
奴は俺よりも お前酔わせたか
電話ボックスの かげに身を寄せて
追いすがる声に 声に背を向ける
ああ 悲しみよ闇に散れ
ああ つかのまのまぼろしか
キズつけあうのは おしまいにしよう
愛の後ろ影 静かに送ろう

ああ 悲しみよ闇に散れ
ああ つかのまのまぼろしか
キズつけあうのは おしまいにしよう
愛の後ろ影 静かに送ろう




Twitter「つぶやく」ボタン
[ 2011/03/08 21:33 ] 歌手 | TB(0) | CM(0)

ウォーキング 

朝から小雨模様である。休日の日課にしているウォーキングに出かけた。気温は思ったほど低くはない。今朝は家の周りを思うままに、雨がひどくなったら・・・を考えて。

Iphoneでさだまさしを聞きながらである。さだまさしの歌は歌詞に趣がある。約40分ほどの間の曲数は8曲ほどだ。そのなかで耳に残ったのは「津軽」だ。

蕭々と吹く風に雪煙
土蜘蛛の如くうずくまる林檎の樹
寂しさに立ち枯れたみちのくの
名も知らぬ木に氷が華と咲く
思えば あなたとの心の道行きは
荒海に 揺蕩二つの小舟の様に
櫂を失くして流されて
行方も知れずあてもなく
引き返すにも進むにも
浮かぶ瀬もなく


滔々とゆく河に泡沫の
はじける瞬の儚さを
哀しいと言わず愛しいと
答えたあなたの優しさが胸を突く
津軽に 訪れる春まだ遠く
心の 道行く先はなお遠く
凍てつく指に耐えかねて
ふとあなたの名をくちずさめば
降りしきる雪の彼方から
幽かな海鳴り


行ったこともない、冬の津軽の風景が目に浮かんでくるから不思議だ。



Twitter「つぶやく」ボタン
[ 2011/03/06 13:43 ] 生活・文化 | TB(0) | CM(0)

海晏山 興徳寺 (かいあんざん こうとくじ) 

興徳寺福岡市西区姪の浜に臨済宗大徳寺派の海晏山・興徳寺がある。住職は修猷館野球部の先輩の福山住職である。そして此処に西南の先輩であり修猷館野球部の時お世話になった行徳正祐先輩のお墓がある。

五木寛之氏の言う「林住期」のいまは、これまで、たくわえてきた体力、気力、経験、キャリア、能力、センスなど自分が磨いてきたものを土台にしてジャンプ時なのである。世の中への恩返しの時なのだ。

社会に出てがむしゃらにいろいろやってきた。今振り返ってみると、意思決定の節目々々で行徳監督の教えがその判断、決断の元になっていたことが窺うことができる。曰く『君は今、将棋の駒の動き方を学んでいるのである。社会に出たら将棋をさすのは君なんだぞ。今のうちに駒の特徴を頭に入れるように』と。

銀行時代、その後の転職のたび、修猷館野球部のコーチをさせていただいたとき、西南学院大学の硬式野球部のコーチをさせていただいたとき、思考の根底にあるものは行徳監督の教えであった。行徳監督ならどう言われるだろうか? これからは、人脈、地脈を徐々に簡素化して本当にやりたいことに集中する。世話になってきた、世の中に奉仕しなければならないのだ。



Twitter「つぶやく」ボタン
[ 2011/03/05 23:10 ] 福岡 | TB(0) | CM(0)
プロフィール

Author:windofsyuyu
ご訪問ありがとうございます!
四住期の教えでは、林住期は仕事を離れ哲学にふける時期だそうです。世の中は変革期、豊かな社会が訪れますように!

プロフィールウィジェット
季節のおすすめ
釣りみくじ

ご当地グルメ

格安ホームページ制作屋が送るご当地グルメ画像
全国温泉・露天風呂番付
もんじろう
お名前ネーチャー
本当の名前がわかるBlogパーツ!色占い付!
カウンター


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。